植田信隆さんのレクチャー「渦の運動の形態」についてのレポートをご紹介します。今回の展覧会のテーマである「渦」についての認識が大きく変わる貴重なレクチャーでした。また、レポートの中にある水中の渦の画像を植田さんからいただいてますので、合わせてご覧ください。
7月5日(土)18時より植田信隆さんに「渦の運動と形態」と題してレクチャーをしていただきました。植田さんの「渦」の研究については、「神戸芸術工科大学大学院研究生として高木隆司特任教授のもとで渦の実験と解析を行い、カオスが産みだす“渦”と人為によって産みだされた“渦”の判別法を有史以来初めて確立した」(能勢伊勢雄の「相互の横顔を語る」より)、というハイレベルなものです。
この日のレクチャーは、フラ・アンジェリコの「受胎告知」の絵画から始まりました。大天使ガブリエルがマリアに神の子を宿したことを告げる場面におけるガブリエルとマリアの間に存在する空間から、今回の展覧会のテーマである「記憶」と場の関係に言及し、その空間にある大理石(マーブルストーン)の模様と液体に墨を流した時(墨流し、マーブリング)の画像の類似性に発展していきます。
マーブリングにより生成される渦の形、水の表面に墨を流すと模様ができることは誰もが経験することですが、実際には水の中にも渦ができています。水中を円柱が移動する際に後方に生ずる渦(カルマン渦)、トーラス(ドーナツ状)の場合の渦、球体の場合の渦など、様々な渦の運動と形態を実験映像を用いて説明が続きます。中でも液滴が水中を落下する様子の映像は、植田さんの説明のとおり、とても美しいもので水の中に浮遊するクラゲの形状にも似ています。このようにして、自然界に存在するものと渦の形状の類似性については、実に多くの実例が渦の形と対比して紹介されました。特に衛星写真で見た雲に現れた渦は、まさにカルマン渦のような形状で、とても印象的でした。
「渦は高等動物の器官の原基である」としたデオドール・シュベンク(「カオスの自然学」の著者)は、形が出来るのは結晶ができる時のように順次つながっていくだけではなく、流体の中の渦や巻き込みの中で形成される形態もあるということを述べたとのことですが、そう考えるとクラゲの形状と液滴の落下の形状が似ることが理解できます。植物の世界で渦のような形態が見られる例として渦の構造と植物の樹肌の比較の写真がいくつか紹介されましたが、植物は根から水を吸い上げているわけでそれが幹の中に水の流れの形状を刻印しても不思議はないという植田さんの説明にも納得がいきます。さらに、動物の世界でもその形の中に渦のような形状が多く見られます。巻き貝などの形状は容易に理解できますが、植田さんは、人間の肩甲骨を特殊な染料で染めた時の溝の形が螺旋や渦の形に見えるというシュベンクの説を紹介し、人間の胎児も子宮の体液や血流の中で体が出来あがってくるわけで硬い骨の中に渦のような形が現われるのも不思議ではないと言います。パイプの中の水流の動きと肩の筋肉の形との類似点なども紹介され、植物や動物の形成と渦の形状との多くの類似性に興味は尽きませんでした。
次に、自然界の話から、カオスの形態と渦、律動とスケーリング、フラクタルパターンなどについての話に大きくテーマが変わります。高等数学を駆使したCGシミュレーション画像の数々を見せてもらいました。無機的な世界のように感じる数式によって作られる形の変化は、まるで生き物のようで不思議な律動を繰り返します。大きなものから小さなものへ細部に限りなく再現されるフラクタルパターン、そしてその逆の動き。それらの中には、植田さんの美意識を十分満足させるほどの非常に美しい形が生まれています。しばらくの間、美しい映像の数々に魅せられてしまいました。その後、高度な数学の話が続き、この話の最後に渦や乱流のようなダイナミズムを持つ形態とフラクタル図形が同じような性質をもっていることを指摘します。渦のもつ普遍性を考えさせられる指摘だと思います。
続いて、アンリ・ミショー(フランスの詩人)がメスリカンと言う薬物を使って通常の意識ではない意識で作成した素描を見せてもらいました。その作品のなかで同じような渦状の形態がスケーリングを変えて出てくるという不思議について言及され、次の話に移っていきます。人間が作る造形作品と自然界に見る渦の形についてです。ゴッホ、北斎の絵画に見られる渦状の表現、北斎と地層の写真の対比、ギリシャ神殿の柱上部の彫刻の渦、大聖堂の螺旋階段と木の根の形の類似性、マオリ族の刺青に見られる渦状の模様、縄文土器の渦の模様、・・など、非常に多くの造形作品が紹介され、に古代から現代まで人間の作る造形物の中には、渦の形状が数え切れないほどたくさん現われてくることを教えてもらいました。渦は人間の意識の中にまで現れ、造形物となって生まれるということだと思います。
レクチャーの終りが近づき、スペースシャトルから見た大西洋上のハリケーン写真と銀河の写真を取り上げ(これらは同じ形をしているとのこと)、巨大なスケールの世界にも存在する渦の無限の広がりを感じさせられました。そして、今日のレクチャーの最後に、植田さんの好きな作家、ニルス・ウドの「水の巣」という作品の写真について語ってくださいました。この現代の作品にももちろん渦が見られます。
「渦」が持つ極小の世界から宇宙にまで広がるスケール感、普遍性。「渦」が植物、動物、人間の形態、そして人間の意識、人間の作る造形物にまで現れる、その強烈な存在感。今回の展覧会のテーマのひとつである「渦」に対する認識を根本から変えさせられた興味の尽きない貴重なレクチャーでした。
水中を移動する円柱によって出来る渦の画像
トーラスによって出来る渦の画像
球体によって出来る渦の画像